リモートワークでワークライフバランスは実現できる?【前編】

  • 2023-1-15

2023年5月8日に、コロナを5類に移行するという決定がされました。コロナ禍の間に進んだリモートワークを継続する会社もあれば、すでに毎日出勤に戻している会社も多くあります。

多くの企業が一度はチャレンジしたリモートワーク。このチャレンジでワークライフバランスは実現できるのでしょうか?他国に先駆けてリモートワークが広く浸透しているイギリスの現状と比較しながら考えてみましょう。

リモートワークとワークライフバランス – イギリスの現状

イギリスに住んでいると『ワークライフバランスが・・・』という言葉をよく聞くようになりました。

実は、イギリスはあまりワークライフバランスの良い国としては知られていません。しかし近年では、多くの企業がリモートワーク制度、そしてフレキシブルワーク制度(働く時間、働く場所、休暇の自由度を高めた働きた制度)を導入しています。

新型コロナウイルス流行で大規模なロックダウンを実施したイギリスは、その間にリモートで働くスタイルが進みました。コロナ規制が完全に解除された今でも、働く人が週5日会社に出勤することは少ない状況です。

現在イギリスで多いワークパターンは、『出勤は週3回、あとの2日はリモートワーク』という働き方です。また、働く時間もフレックスが多く、仕事の途中で子どもを迎えに行ったり、勤務時間中にジムに行ったりしている人々を見かけます。そのような状況の中で、『ワークライフバランス』という言葉が定着していきています。

しかしながら、後述するように、OECD各国の『ワークライフバランス』に関する指標では、イギリスはあまり良い評価を受けていません。

そもそもワークライフバランスとは?

『ワークライフバランス』とは、『仕事と生活の調和』という意味で、仕事とプライベートをどちらも充実させ、相乗効果を生み出す考え方のことです。

ワークライフバランスは、内閣府の『仕事と生活の調和とは(定義)』で以下のように定義されています。

ワークライフバランスの実現した社会とは、国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会

具体的には、以下のような状態と説明されています。

就労による経済的自立が可能な社会

経済的自立を必要とする者、とりわけ若者がいきいきと働くことができ、かつ、経済的に自立可能な働き方ができ、結婚や子育てに関する希望の実現などに向けて、暮らしの経済的基盤が確保できる。

健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会

働く人々の健康が保持され、家族・友人などとの充実した時間、自己啓発や地域活動への参加のための時間などを持てる豊かな生活ができる。

多様な働き方・生き方が選択できる社会

性や年齢などにかかわらず、誰もが自らの意欲と能力を持って様々な働き方や生き方に挑戦できる機会が提供されており、子育てや親の介護が必要な時期など個人の置かれた状況に応じて多様で柔軟な働き方が選択でき、しかも公正な処遇が確保されている。

日本がワークライフバランスを意識する理由

政府の推進する「働き方改革」は、日本の抱える社会的問題を解決し、日本の競争力をあげるための政策です。
この『日本の抱える大きな社会課題』とは次の3つです。

  • 少子高齢化による労働人口の減少
  • 労働生産性の低さ(OECD加盟国38ヵ国中23位)
  • 長時間労働による過労死問題

このような社会課題に対して、働き方改革を推進し、長時間労働を是正し、多様で柔軟な働き方を許容することによって、労働人口の確保と労働生産性の向上を図ることを目指しています。

それゆえ、ワークライフバランスが実現している社会が、政府の目指している働き方改革によって実現したい社会となります。

個人へのワークライフバランスによる効果は?

ワークライフバランスは、働く個人にとってはどういう意味を持つのでしょうか?
個人に合う仕事と人生のバランスがとれる働き方を選択することにより、様々なプラスの効果が考えられます。

  • 仕事と家庭の両立が可能になる
  • 仕事を続けることができるので、経済的に自立できる
  • プライベートの時間が増えることで、自己啓発(スキルアップ)や地域活動への参加などより豊かな人生を送れる
  • 長時間労働のよる心身の健康への悪影響がなくなる
  • 仕事へのモチベーションが向上し、仕事の効率があがる

こうした効果により、結婚や出産、病気や家族の介護といった様々なライフイベントに対応しつつ、働き続けることも可能になるでしょう。

企業はなぜ「ワークライフバランス」の向上に取り組むのか?

ワークライフバランスが、働く個人にとってプラスとなることは間違いありません。しかし、なぜ企業としてワークライフバランスの実現に取り組むのでしょう?企業にとって何かメリットがあるのでしょうか?

その理由は、ワークライフバランスを取り入れることにより、従業員個人の価値観や生き方を認めて個人の意欲や能力を高めることで、その相乗効果として組織の成果を最大化できるからです。

ワークライフバランスの実現によって、企業にもたらされると期待されている効果はたくさんあります。

  • 優秀な人材の獲得や人手不足の解消
  • 育児や介護による離職率の低下
  • モチベーションが上がることにより、労働生産性があがる
  • 業務効率改善による時間外労働の削減(長時間労働の改善とコスト削減)
  • 社員の心身の健康向上(モチベーションがあがり、離職率が下がる)
  • 従業員を大事にするという企業イメージの向上
  • 仕事以外の体験から得られる新たなアイデア、スキルや人脈への期待(ダイバーシティ)
  • 私生活の充実により、視野が広がり、企画、提案の幅が広がる(ダイバーシティ)

ワークライフバランス実現のための取り組み

続いては、企業や政府によるワークライフバランス実現のための具体的な取り組みについて見てみましょう。

企業による「ワークライフバランス」の実現の取り組み

ワークライフバランスを実現することで、従業員と企業の両者のWIN-WINの関係が築けるという考え方のもと、企業は様々な取り組みをしています。例えば、以下のような取り組みが挙げられます。

  • 育児・介護休暇制度
  • フレックスタイム制の導入
  • 短時間勤務制度
  • 長時間労働の削減
  • リモートワークの導入
  • 年次有給休暇の取得促進
  • その他の福利厚生の充実

この中でも特に、コロナ禍を背景としてリモートワークが注目されたのは上述の通りです。

日本のワークライフバランスの現状

日本の労働環境といえば、働きすぎ、長時間労働の代名詞となっていますが、やはり世界的にみると日本のワークライフバランスがよくないことは確かです。

2021年度のOECD(経済協力開発機構)の『より良い暮らし指標(Better Life Index)』の中のワークライフバランス指数では、日本は41カ国中37位 となっています。 日本は全体で下位から数えて5番目というわけです。

OECDのワークライフバランスのランク付けの要素のうち最も重要なのが、「職場以外で費やす時間」で、その他に「レジャーやプライベートに費やす時間」、「子を持つ女性の就業率」などの要素もランク付けに反映されています。

このうち、「レジャーやプライベートに費やす時間」は一日のうち14.1時間で、各国平均の15時間より少なく、日本は下位から数えて5番目となっています。

一方、非常に長時間(週50時間以上)働く従業員」が15.7%で、対象国全体の平均10%を大きく上回っていて、日本は下位から数えて6番目。また「女性の就業率」が低いことなども要因となっています。
OECD良い暮らし指標
出典:OECD『良い暮らし指標

各国のワークライフバランスの状況

こうした指標を観察していて興味深いのは、リモートワーク先進国と言われるアメリカとイギリス両国が、OECDのワークライフバランスのランキングでは30位そして29位と位置付けられていることです。逆に、リモートワーク導入については日本とあまり差がなかったドイツは8位となっています。

それでは、それぞれの国の働き方の現状を見てみましょう。

ドイツ(8位)

ドイツは、2000年代前半は経済成長率が低い一方失業率が高く、「ヨーロッパの病人」と呼ばれていました。しかし、2003年に始まった労働市場改革による構造変化は、失業率の低下をもたらし、労働コストの上昇を抑え、経済成長を促進し、現在は世界4位のGDPを誇っています。

上記指標では、「レジャーやプライベートに費やす時間」が15.6時間で6位、非常に長時間(週50時間以上)働く従業員」が4%で、16位となっています。

ドイツは、構造改革の際にリモートワークよりもフレキシブルワークを推進し、長時間労働を規制することでワークライフバランスを実現した国の代表です。

イギリス(29位)

イギリスはワークライフバランスを重視する国の一つです。大手企業が協力して「Employers for Work-Life Balance (EaWLB)」と呼ばれる団体が設立され、ワークライフバランスの推進に対する取り組みが行われています。2013年に行われたWLB調査によると、97%の職場でフレキシブルワークが実施されています。更に、住宅事情などが原因で、イギリスで働く人々の自宅が職場から離れてきている現象が起き、リモートワークが普及してきました。

しかし、OECDのランキングではワークライフバランスで29位となっています。

その内訳は、「レジャーやプライベートに費やす時間」が14.9時間で23位、非常に長時間(週50時間以上)働く従業員」が10.8%で、30位です。

長時間労働の習慣が今も根強く残っていることが、ワークライフバランスの足かせになっていることがわかります。

アメリカ(30位)

リモートワークはアメリカで発祥した働き方です。

アメリカは国土が広いため、共働き夫婦のそれぞれの職場が離れた都市になるケースも多くあります。そのため、夫婦が別居することなく、遠方でも希望の会社に就職できるというような社会的要望もあり、リモートワークについて世界1の普及率を誇っています。

しかし、OECDのランキングではワークライフバランスが30位となっています。

「レジャーやプライベートに費やす時間」が14.6時間で29位、「非常に長時間(週50時間以上)働く従業員」が10.4%で、29位となっています。こちらもイギリス同様、長時間労働の習慣が根強く残っていることがうかがえます。

続いては、労働時間を比較したランキングで、各国の現状を比較してみましょう。

世界の労働時間ランキング

OECDのワークライフバランスのランキングと比較しつつ、同じくOECD各国の年間の労働時間ランキングをみてみましょう。

2021年度、日本の年間労働時間は、世界の平均1,716時間より109時間長くなっています。しかし、労働時間の短さを比べたランキングでは44か国中18位です。実は世界でみると、それほど長時間働いていることにはなっていません

ドイツは1位、長時間労働が規制されている現状が理解できます。イギリスは11位、比較的短時間労働の国です。その一方で、アメリカは33位という長時間労働の国になっています。

またワークライフバランスの第1位となっているイタリアは世界23位で、比較的長時間労働の国となっています。

このように比較してみると、同じOECDのランキングでも長時間労働とワークライフバランスは直接比例しているわけではないことがわかります。

ワークライフバランスで上位10位の中、労働時間の短さで10位内に入っている国は、ドイツ、デンマーク、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、フランス、ベルギーです。逆にイタリア、スペイン、ロシアは長時間労働の国となっています。

2021年 年間労働時間(全就業者)が短い国

1 ドイツ 1,349
2 デンマーク 1,363
3 ルクセンブルク 1,382
4 オランダ 1,417
5 ノルウェー 1,427
6 アイスランド 1,433
7 オーストリア 1,442
8 スウェーデン 1,444
9 フランス 1,490
10 ベルギー 1,493
11 イギリス 1,497
12 フィンランド 1,518
13 スイス 1,533
14 トルコ 1,572
15 スロバキア 1,583
16 スロベニア 1,596
17 ラトビア 1,601
18 日本 1,607
19 ブルガリア 1,619
20 リトアニア 1,620
21 スペイン 1,641
22 ポルトガル 1,649
23 イタリア 1,669
24 カナダ 1,685
25 オーストラリア 1,694
26 ハンガリー 1,697
27 ニュージーランド 1,730
28 キプロス 1,745
29 イスラエル 1,753
30 チェコ 1,753
31 エストニア 1,767
32 アイルランド 1,775
33 米国 1,791
34 ポーランド 1,830
35 クロアチア 1,835
36 ルーマニア 1,838
37 ギリシャ 1,872
38 ロシア 1,874
39 マルタ 1,882
40 韓国 1,915
41 チリ 1,916
42 コロンビア 1,964
43 コスタリカ 2,073
44 メキシコ 2,128
世界平均 1,716

出典:グローバルノート『世界の労働時間 国別ランキング・推移(OECD)

リモートワークでワークライフバランスが改善される?

2020年に入り、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、各国で新しい働き方としてリモートワークが加速しました。

日本でも、働き方改革の一環としてワークライフバランスを推進する中、予想していなかった形で、リモートワークの導入が加速されることとなりました。

しかし、リモートワークの導入によって「働き方改革」で期待されていたようなワークライフバランスは実現するのでしょうか?

OECDのワークライフバランスの指標から見ると、リモートワークにより「レジャーやプライベートに費やす時間」が大きく増えるわけではなく、また長時間労働をする人口が減るという結果になっているわけでもないようです。加えて、長時間働いているからといって、それが直接ワークライフバランスの悪化に直結するわけではないこともわかります。

こうしてみると、ワークライフバランスをどう測るのかということは難しく、またリモートワークの導入だけでワークライフバランスが実現できるわけではないように見受けられます。

次の記事では、日本そして各国のリモートワークの導入の状況そしてコロナ後の動向から、ワークライフバランスについて更に考えていきましょう。

20年以上世界4大会計事務所の1つアーンストアンドヤング(EY)のジャカルタ事務所のエグゼキュティブダイレクターとして、ジャパンデスクを率い、日系企業にアドバイザリーサービスを提供。またジャカルタジャパンクラブで、税務・会計カウンセラー、及び課税委員会の専門員を務め、日系企業の税務問題に関わってきた。現在は日本在住。海外滞在歴は30年、渡航国はアジア、欧州、北米の38か国、480都市以上に及ぶ。 国際基督教大学大学卒。英国マンチェスタービジネススクールでMBA取得。

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