外国人社員が定着しない、そのワケとは?
少なくない時間と費用をかけて、「この人こそは!」という外国人材を採用したのに、1年も経たずに辞めてしまった・・・そのような悩みを聞くことがしばしばあります。慎重に選考を重ね、高い入社意欲も確認した。面談では仕事内容に対して満足していると確認もしたし、人柄にも問題はないはず。それなのになぜ早期退職してしまったのか・・・。
これには、意外と見落としがちな2つの落とし穴が潜んでいます。その落とし穴とは、外国人材を雇用する上で”気を遣っているつもりになっている”「コミュニケーション」と「文化」のすれ違いです。注意していると思っている分、見落としがちなのです。
この記事では、現場でどのようなすれ違いが起こっているのか、実際の事例を交えて説明していきたいと思います。
コミュニケーションのすれ違い
「出した指示に対して『わかりました』と答えが返ってきたのに実際には違うことをしていた」ということは、皆さんも経験があるかもしれません。これは、日本語の指示をきちんと聞き取れていなかったけど、わからないと言い出せずに返事をしてしまった、という場合がほとんどです。
「これだから外国人は!」と思うのは少し待ってください。恐らく、日本人でも単身で言語と文化の違う会社に飛び込み、英語でいっぺんに指示を出されたら、「OK」とか「Sure!」などと言って、その場をやり過ごす人が多いでしょう。「概要はなんとなくわかったからひとまず大丈夫だろう。あとで細かい部分は都度確認すれば、問題ないはず」と考えて、相手の言っていることが完全に理解できない居心地の悪さからいち早く抜け出そうとするはずです。
「わからないなら、質問すればいいじゃないか!」という意見もあるでしょう。しかし、質問できるというのは、全体像がある程度理解できているという前提があります。不明点が2つ3つに絞れているから質問できるのであり、全体の半分も理解できていなかったら、一体何を、どの順番で質問すればいいのかわからなくなります。
たとえ日本語を勉強していて、”ビジネスレベル”という試験結果が出ていたとしても、ネイティブでない場合には意思疎通が完全にできるということの方が少ないです。そして、不慣れな環境で相手の言っていることが完全にわからないというストレスは、想像以上に大きく、多くの人間はそこから無意識のうちに逃げ出そうとしてしまいます。だからこそ、心理的な安心を与え、わかりやすく伝える工夫が必要です。
例えば、指示をいっぺんに伝えるのではなく、箇条書きにしたリストを見せながら、一項目ずつ本当にわかったかどうか確認する方法があります。一見面倒ですが、箇条書きなら準備にそこまで時間はかかりませんし、作成したリストはそのまま指示を受けた人のチェックリストにもなり、抜け漏れが防げるので効率的です。また、質問する側にとっても、どの項目に関する質問なのかが絞りやすいので、「1番目の項目について〜ですか?4番目の項目について〜であっていますか?」などと聞きやすくもなります。
コミュニケーション「ミス」ならぬコミュニケーション「レス」現象、起きていませんか?
さて、前項では「ミスコミュニケーション」について取り上げたのですが、この手の問題の本質は、むしろ「コミュニケーションレス」にあります。そもそも、日頃のコミュニケーションの絶対量が足りず、気楽に話しかけられない雰囲気が社内にできてしまってはいませんか?
「うちの会社は受け入れ体制を整えているから大丈夫!」という人も一度確認してみてください。会社に所属する外国人社員が他の社員に自ら積極的に話しかけている様子が見られるかどうかを。
通常、話しかけられた場合には、何とか答えようとします。しかし、心理的な安心を得ていないと、気軽に話しかけることはしません。話しかけるときには、いつ、誰に、どのような形で話しかけようかしっかり準備をし、予想外の反応が帰ってきたらどうしよう・・・などと不安に惑わされながら、やっと勇気を出して話しかけます。コミュニケーションコストが高くなり、必然的に会話の絶対量が減り、コミュニケーションレス状態に陥ります。
一般的に「ミスコミュニケーション」の方が注意喚起されていますが、事例や対策法が世の中には溢れており、効果も比較的出やすいため、大きな問題ではありません。しかし、この「コミュニケーションレス」の問題は根深く、解決するにも地道な努力の継続が求められます。そして、コミュニケーションの絶対量を増やして相互理解を促さないことには、ミスコミュニケーション対策も利きづらくなります。
外国人の採用を始めたばかりの企業では、その傾向が顕著に見られると思います。知らず知らずのうちに外国人社員に話しかけるのを躊躇し、どこか遠巻きにするような空気を作り出してしまう・・・そのような空気に人間はとても敏感です。指示の詳細がわからないまま動いてミスをしてしまい、申し訳ないと感じる。しかし、周りには気楽に話せる人もおらず、質問もしづらい。時間をかけて質問の準備をするものの限界がある。そしてまたミスを繰り返してしまう・・・そのようなループに陥った結果、仕事が楽しくなくなり、その会社で働く意味を見失って退職してしまう・・・。貴重な外国人材は、こうして辞めていくのです。
文化のすれ違い
文化は厄介な存在です。人がこの世に生まれてから長い年月をかけて体得し、頭よりも身体に染み付いているため、合理的な説明がなかなかできないからです。そして、そこには善い悪いもなく、優劣もなく、互いに尊重し合うべきもので、どこまで話し合っても平行線をたどるからです。
日本人は家で靴を脱ぎます。オランダ人は家で靴を脱ぎません。なぜ?と聞いても、「普通そうだから・・・」としか答えられない人の方が多いでしょう。どちらの方が善い悪いもなく、優劣もありません。そして、相手方の文化に従えと言われたら拒否感を示すでしょう。当然です。しかし、異文化同士のビジネスにおいては、多少なりともそうせざるを得ないのです。これが、異文化理解の難しいところなのです。
個人間でやり取りする分には、異文化理解も互いに尊重することも、それほど難しくありません。都合の悪い場合には白黒つけず、干渉しないようにすれば済む話ですから。しかし、ビジネスにおいては、そうはいきません。会社としてどのルールを適用するのか、例外はどの範囲まで許すのか、その場合の条件と制約は何か、など組織運営上決めなければなりません。そして、制約された文化の持ち主は、少なからず不満を持つでしょう。その不満が耐え難いものならば退職もありえます。
会社としての異文化対応は、非常に難しく、強烈なものです。そのことを頭にいれておかないと、対策している側がストレスでやられてしまいそうです。例えば、過去にこのような事例がありました。都内の会社に入社したブラジル出身の人は、母国の名門大学を主席で卒業し、5ヶ国語をビジネスレベルで操ります。日本政府の奨学金を得て、日本にも留学した経験があり、日本語能力試験も最も難しいN1レベルに満点で合格しました。非常に頭の回転が速く利発な方でしたが、「電話を取るのは新入社員の仕事」という企業文化に疑問を抱き、1年もしないうちに退職してしまいました。
仕事中にオフィスの電話が鳴った場合、新入社員が率先して電話を取るものです。なぜ?と問えば、「そうやって仕事を覚えていくんだ」「電話対応がはじめの一歩」などのように説明がなされます。彼女にはこれが理解できません。理解できていないのに「やれ」と命令ばかりされるので、反発して出ようとしません。その態度を先輩社員に叱られるたびに電話対応の意味を質問しますが、納得のいく回答が得られません。結局誰からも納得のいく答えは得ることができず、残ったのは「勤務態度に問題あり」という不名誉な評価でした。
彼女には電話を取らない自分なりの考えがありました。「新入社員が電話に出たって、お客様のことも仕事のこともまだわかっていないのだから、うまく答えられるはずがない。担当者に取り次いで終わりだ。また、日本語ネイティブでもない自分より、日本人社員の方がスムーズな電話対応ができるので、不得意な者にわざわざ仕事を振り分ける意味がない。なぜ、そのような効率の悪いことをさせたがるのか?」
彼女の場合は少し極端な例です。数でいえばそこまで多くないでしょう。しかし、文化というものが、なぜと聞かれても答えづらく、説明しようにも合理的な論拠がなく、馴染みのない者には疑問とストレスを与える厄介者であることはわかっていただけたと思います。正直、彼らの言い分に対して「給与支払っているのだから、黙って従え」と切り捨ててしまいたい気持ちもあるでしょう。
それも一つの経営判断だとは思います。人材も一つの投資ですので、コスト以上のリターンが見込めないなら、”損切り”という考え方もあります。しかし、我々は組織とそこに所属する個人に「異文化対応力」を身に着けさせるほうが長期的にメリットが多いと考えています。面倒ではありますが、前向きに考えれば、未知の物事に臨機応変に対応し、新しい価値を生み出す力を身につけることができます。今まで気づかなかった、見ようともしなかった可能性や価値に気づき、真のイノベーションが起こりえます。我々と違う文化圏で培われた価値観で、我々にはない視点を持っているからこそ出てくる疑問や意見は、日本企業に革新をもたらすきっかけにもなり得るのです。
外国人材の定着は、無理せず、気長にやっていこう
外国人材の定着は、これまでの常識や制度、会社文化を壊していかないと実現しない側面があります。無理せず、気長に取り組んでいきましょう。特に、異文化マネジメントを計画し、実行する担当者は相当の忍耐力と柔軟さ、そして強かさが求められますので、自身が先に壊れてしまわないよう十分気をつけましょう。双方の言い分を聞いているうちに、間に立つ人が疲弊してしまう例を嫌というほど我々は見ています。
一方で、少しずつ異文化対応力の増してきた組織・個人の強さも我々は見ています。英語力自体はさほど上がっていないのに、英語を使って仕事ができてしまう。初対面の外国人に対しても、臆することなく主体的に話を進められる。新商品の企画をするとき、当然のように外国人消費者のことが話題に上がる。そして、外国人社員が自然と集まり、定着率も改善する。いち早く取り組んだ企業からは、喜びの声が絶えません。
“WITHOUT HASTE BUT WITHOUT REST” (Johann Wolfgang von Goethe)
高度外国人材に特化した人材コンサルタント。人材探索から在留資格申請、入社後の日本語教育、ダイバーシティ研修等、求人企業の要望にあわせた幅広いサービスを提供する。また留学生専門キャリアアドバイザーとして東京外国語大学、横浜国立大学、立教大学、創価大学等で外国人留学生の就職支援を行い、80カ国・500名以上の就職相談を受ける。内閣官房、内閣府、法務省等の行政および全国の自治体における発表や講演実績も豊富。