前回の記事『経済成長を続ける多文化主義国家オーストラリア(前編)』では、オーストラリアの経済成長と人口増加について考察し、それを可能にしたのが緻密に計画された移民政策であったことを見てきました。
今回は、元々白人優先の社会であったオーストラリアが、どのように移民を受け入れ“多文化主義”を確立していったのかを、筆者の体験も交えながらご紹介します。単一民族国家でありながら、外国人労働者の受け入れの必要性に迫られている日本にとって、学ぶべき教訓がきっとあるでしょう。
移民政策を後押しする多文化主義
私がオーストラリアを20年振りに訪れた時にとても自由に感じた理由は、オーストラリアが多文化主義を採用し、それが国内に行き渡っていたからです。1997年に初めてオーストラリアを訪れた時に感じた、白人至上主義的な雰囲気とは大きく異なっていました。
更に、私が長期間滞在したアメリカやイギリスなど他の多民族国家とも、異なった特徴を有していました。これから、オーストラリアの多文化主義について、その特徴を見ていきましょう。
オーストラリアの多文化主義の特徴
基本的に、多文化主義とは、異なる民族の文化を等しく尊重し、異なる民族の共存を積極的に図っていこうとする思想、運動、政策と定義づけられています。
移民国家であるオーストラリアには、多くの民族や人種がいます。その異なる民族の文化的な多様性を尊重しつつ、国家発展を目指すよう多文化主義を推進しています。その結果、オーストラリアでは、多様な文化的・民族的背景のアイデンティティを保ったまま国民が共存する状態となり、現在は世界200ヵ国以上の移民が暮らしています。まさしく多文化主義を代表する国になっているのです。
オーストラリアの主要都市周辺には、移民が多く暮らす多国籍エリアが点在しています。そこでは各国のレストラン、食材店や雑貨屋が集まり、異国情緒あふれる雰囲気を楽しむことができます。チャイナタウンをはじめ、韓国人街・イタリア人街・ポルトガル人街・ベトナム人街等があります。
例えば、中国からの移民が多く住む地域を歩いていると、まるでアジアに来たかのように感じます。20年以上オーストラリアに住んでいても、英語を全く話さない人も多くいます。そして、フランスベーカリーに行けば、従業員はフランス語を話しています。そこでは、まるでフランスにいるような錯覚を起こします。更に、本当にフランスにいると思うほどそのフランスパンは美味しいのです。それはイタリアンレストランを訪れても同じです。イタリア語で話す従業員達が接客をし、味も本場イタリアの味でした。
他の移民国家とオーストラリアの違い
アメリカやイギリスなど、他の移民国家にも長期滞在した私が感じたのは、同じ移民国家でもオーストラリアのあり方はアメリカのそれとは違うということです。どういうことかと言いますと、アメリカに移住した移民はアメリカに同化します。数年すると、話し方や振る舞いが“アメリカ人”になり、また各国の料理もアメリカ化していきます。
一方オーストラリアでは、そのような“同化”というものが見られないのです。移民はオーストラリアに同化することなく、それぞれの文化を維持したまま生活し、それらが全体としてオーストラリアの新しい文化となっています。その結果、他の国では見たことがない、独特の文化が生まれていると感じます。
確かに、今でもオーストラリアの移民の最大出身勢力はイギリスです。しかし、近年移民の多くはアジアの国々から来ています。現在、移民の出身国で多いものは、イギリスとニュージーランドを除けば、インド、中国、フィリピン、ベトナムなどです。そして、2016年の調査では、アジアで生まれた人々の人口比率が、 欧州(イギリス、イタリア、ドイツなど)で生まれた人々の比率を初めて上回りました。
2020年の移民出身国トップ10
国 | 人口 | シェア |
---|---|---|
イギリス | 980,360 | 3.8% |
インド | 721,050 | 2.8% |
中国 | 650,640 | 2.6% |
ニュージーランド | 564,840 | 2.2% |
フィリピン | 310,050 | 1.2% |
ベトナム | 270,340 | 1.1% |
南アフリカ | 200,240 | 0.8% |
イタリア | 177,840 | 0.7% |
マレーシア | 177,460 | 0.7% |
スリランカ | 146,950 | 0.6% |
出典:statista 2022
オーストラリアが若い優秀な人材を惹き付ける理由
それでは、オーストラリアが移民に人気となり、若い優秀な人材を集めることができている理由は何でしょうか?
それは、一言で言えば暮らしが豊かだからです。私自身、オーストラリアに滞在して感じたのは、自由度が高いだけでなく、良いライフスタイルが楽しめる住み易い国だということでした。
例えば、オーストラリアの都市は自然に近いです。シドニーなど多くの主要都市の近くには海が広がり、人々は日常的にビーチを楽しんでいます。更に、都市のそばにはワインの産地もあります。至近距離に大自然が広がり、国立公園も多くあります。
そして食に関して言えば、食材が豊富で、果物、野菜、乳製品、肉、魚介、ワインなど質の良いものが揃っています。また、世界各国の食材も簡単に手に入ります。
それゆえ、オーストラリアは生活度満足度が高く、優秀な若者を世界から呼び寄せることが出来ていると言えます。実際にデータを見てみると、OECDの良い暮らし指標(Better Life Index)で、2020年にオーストラリアは、北欧ノルウェーに次いで40カ国中2位になっています。
このBetter Life Indexとは、住居、所得、仕事、コミュニティー、教育、環境、市民参加、健康、生活度満足度、安全、ワークライフバランスの11項目で、世界40カ国を比較するものです。ご興味あれば是非調べてみてください。
オーストラリアの多文化主義から学べること
オーストラリアは、注意深い独自の移民政策によって、人口を増やすことに成功し経済成長を続けています。一方、ゼロ成長が続き、少子高齢化による深刻な人手不足を経験している日本も、近年外国人労働者受け入れを拡大しています。
単一民族国家と言われる日本と、多文化主義国家のオーストラリアは大きく違っています。そのため、単純にオーストラリアのマネをすれ良いというわけではないでしょうし、そうすることもできません。
しかし、オーストラリアの近年の移民政策と経済成長から、日本が現状を打開するために参考にすべきことがきっとあるでしょう。例えば上述のように、オーストラリアでは、受け入れるべき移民の規模を、州別・職業別の労働人口データに基づいて毎年緻密に計算して決定しました。
日本においても、良く計算されて正確な根拠のある受け入れ方針を定め、日本国民の理解を得られるよう努めるべきでしょう。そうすれば、白豪主義であったオーストラリアが多民族主義のお手本になったのと同じように、単一民族国家の日本においても、平和的な移民受け入れができるに違いありません。
[参考元]
1) オーストラリアの多文化主義政策
2) OECD Better life Index
3) オーストラリアの移民政策の現状と評価
4) オーストラリアの移民政策の現状と評価
5) OECD recruiting immigrants* Australia 2018
6) グラフでみるオーストラリアの人口ピラミッド
7) オーストラリアに垣間見る「多文化主義政策」
20年以上世界4大会計事務所の1つアーンストアンドヤング(EY)のジャカルタ事務所のエグゼキュティブダイレクターとして、ジャパンデスクを率い、日系企業にアドバイザリーサービスを提供。またジャカルタジャパンクラブで、税務・会計カウンセラー、及び課税委員会の専門員を務め、日系企業の税務問題に関わってきた。現在は日本在住。海外滞在歴は30年、渡航国はアジア、欧州、北米の38か国、480都市以上に及ぶ。 国際基督教大学大学卒。英国マンチェスタービジネススクールでMBA取得。