日本で活躍した助っ人外国人―明治維新からプロ野球まで

皆さんは“助っ人外国人”と聞くと誰を思い浮かべるでしょうか?

野球好きの人なら、バース、クロマティ、ラミレスなどの人気外国人選手をすぐに思い出すでしょう。またサッカー好きの人なら、Jリーグ草創期のジーコやアルシンド、最近の人気選手イニエスタなどを思い浮かべるかもしれません。

この“助っ人外国人”という言葉はもともと、日本のプロ野球における外国人選手(日本国籍を有しない選手)の出場枠を指して用いられるようになりました。プロ野球の外国人選手出場枠は数が規定されているため、“助っ人”のようにしてチームに力を貸してくれるという意味合いで使われています。

しかし、「“助っ人”のように力を貸してくれる」という意味においては、ほかにも多くの外国人が日本で活躍しています。この連載では、スポーツ・芸能・政治・経済など、あらゆる分野で活躍する助っ人外国人について見ていきましょう。

スポーツ界における助っ人外国人

プロ野球編

前述の通り、“助っ人外国人”という言葉はこのプロ野球界から使われるようになりました。数多くの外国人選手が活躍してきましたが、プロ野球は日本で最も人気のスポーツであるため、彼らの動向は時に大きなニュースになっています。

それでは、プロ野球外国人選手のうちランディ・バースとアレックス・ラミレスについて見てみましょう。

ランディ・バース

ランディ・バースは、メジャーリーグから移籍し、1983年から1988年まで阪神タイガースでプレーしたプロ野球選手です。NPBにおけるシーズン打率の日本記録保持者であり、史上6人目の三冠王達成者。外国人選手ではNPB史上最多となる2度の三冠王に輝き、阪神の優勝・日本一に貢献しました。そのため、特に阪神ファンから“史上最強の助っ人”と呼ばれています。

しかし1988年、水頭症を患ったバースの長男への対応を巡り球団と対立し、シーズン途中の6月27日に解雇されてしまいます。契約では家族の疾病の際には球団が医療費を負担することになっており、多額の医療費を負担することを恐れたための解雇だったと言われています。

その実績や高い人気の一方で、『お金でもめた』という去り際が、彼の印象を悪くしてしまった部分もあります。日本企業と外国人の間で、しばしば契約内容やお金に関して、考え方の違いが浮き彫りになることがあります。その典型的な例であったとも言えるでしょう。

アレックス・ラミレス

アレックス・ラミレスは、ベネズエラ出身の元プロ野球選手です。ヤクルト時代は入団1年目の2001年にチームのリーグ優勝・日本一に貢献。DeNA時代は2013年に日本通算2000安打を達成し、外国人選手では史上初の名球会への入会を果たしました。引退後、2016年シーズンから2020年シーズンまで横浜DeNAベイスターズ監督も務めています。

2018年、筆者は東京ドームで行われた名球会のベースボールフェスティバルを観戦していました。王貞治や張本勲など伝説のプレーヤーたちが出場する中、ひときわ大きな歓声が上がったのが『ラミちゃん』ことラミレスでした。日本人女性と結婚し、日本に帰化もしていて、現在はYouTuberとして活躍しています。

ラミレスは、『明るく陽気な南米人』として、日本で最も人気が出やすいタイプのキャラクターだったのかもしれません。「アイーン」や「ゲッツ」など、お笑い芸人のマネをしたパフォーマンスで、子供から大人にまで親しまれました。

大相撲編

大相撲は、日本の国技でありながら、外国出身選手が最も活躍しているスポーツと言っても過言ではありません。しかしながら、その活躍とは裏腹に、『日本人らしさ』や『日本精神への同化』が求められ、それによって評価が大きく分かれることもあります。

今回は名だたる外国出身力士の中から、朝青龍と白鳳について見てみましょう。

朝青龍

朝青龍明徳は、モンゴル国ウランバートル市出身の元大相撲力士です。1997年に日本の明徳義塾高校に相撲留学し、高校を中途退学(のち卒業認定)して角界に入門。若貴時代が終わった後の平成大相撲を支えた横綱でした。年6場所制では最速で横綱に昇進し、躍動感あふれる相撲スタイルや、優勝後に涙を見せるなどの人間らしさで人気がありました。しかし、度重なる不祥事や品格に掛ける行動で早期の引退に追い込まれます。

白鳳

一方、こうした『お騒がせ』横綱とは対照をなしたのが白鳳です。白鵬翔は、モンゴル国ウランバートル市出身で、宮城野部屋に所属した元大相撲力士、第69代横綱です。2019年に日本国籍を取得し、引退後は年寄・間垣を襲名しています。数々の大記録を打ち立てた『大横綱』ですが、判定に異議を唱えたことや取り組みが『横綱らしくない』と批判を受けたこともありました。

朝青龍も白鳳も、日本人横綱不在(稀勢の里を除く)時代を支えた実力ある横綱でした。しかし、日本の国技の頂点に立つ重責を任される一方で、常に『日本人らしくない』『日本の精神を理解していない』という批判を受けてきたのも事実です。活躍している選手は“グローバル”であるのに、国技ゆえにグローバル化するわけにはいかない相撲界のもどかしさを、一番経験した人たちだったのかもしれません。

芸能界における助っ人外国人

芸能界においては、助っ人外国人よりも“外タレ(外国人タレント)”と呼ばれることが多いですが、多くの外国出身者が活躍しています。今回はそうした外タレの中から、デーブ・スペクター、セイン・カミュとボビー・オロゴンについて見てみましょう。

デーブ・スペクター

デーブ・スペクターは、日本を拠点に活動するアメリカ人テレビプロデューサー、タレントです。1980年代から「ダジャレを発するアメリカ人」としてバラエティで重用され、現在もワイドショーのコメンテーターとして活躍しています。外タレと聞いて、一番初めに彼を思い浮かべた人も多いことでしょう。

流ちょうな日本語を話し日本語でダジャレを言うことから、「本当は埼玉県出身なのではないか」と言われているほどです。デーブ・スペクターの人気は、日本語が流暢で、時には日本人以上に日本に詳しいキャラクターが愛されることの実証と言えるでしょう。

セイン・カミュとボビー・オロゴン

セイン・カミュはニューヨーク州出身のアメリカ人で、日本で活躍するタレントです。ボビー・オロゴンはナイジェリア・イバダン出身で、日本でタレントとして活躍し、2007年に日本国籍を取得しています。

2000年代前半に、この二人が共演していた『ファニエスト外語学院』というバラエティ番組のコーナーを覚えている人も多いでしょう。日本語が流ちょうなカミュ先生と、でたらめな日本語を話す生徒役のボビーたちの掛け合いが人気でした。

ボビー・オロゴンは、ナイジェリアの国立大学経済学部を卒業し、英語とヨルバ語、フランス語、日本語を話す秀才ですが、テレビではおかしな日本語を話すおとぼけキャラを演じていました。実際、明るくて面白いという日本における『アフリカ人』のイメージを作り上げたのは彼だと言えるかもしれません。

スポーツ界と芸能界の助っ人外国人 – まとめ

今回はスポーツ界と芸能界の助っ人外国人について考えました。純粋さや愛嬌、ユーモアのセンスでお茶の間の人気者になる一方、考え方の違いや『日本人らしさ』の欠如によって不評を買うこともあります。いずれにせよ、彼らはそれぞれの世代の日本人の記憶に残り、日本人が持つ『外国人』のイメージに大きな影響を及ぼしていると言えます。

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