前回の記事「外国人永住者が増える中、ダイバーシティ&インクルージョンと多文化共生を考える」では、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を両立させることで多文化共生への道が開けるとして、企業及びそこで働く人が出来ることを紹介してきました。
今回の記事では実際に「ダイバーシティ経営」を行い、経済産業省から「ダイバーシティ経営企業100選」として表彰を受けた企業のうち、特に外国人雇用に力を入れている企業の経営方針を見ていくことで、外国籍人材の雇用について身近に感じていただきます。
日本企業の未来に必要な「ダイバーシティ経営」
経済のグローバル化や少子高齢化による人手不足の問題が深刻化する中で、いかに個々の企業がおかれた市場環境や技術構造の中で競争優位を築くか、そのために必要な人材活用戦略として注目されているのが「ダイバーシティ経営」です。
「ダイバーシティ経営」とは「性別、年齢、国籍、障害の有無、またキャリアや働き方も含めた多様性をもつ人材を活かして、個々人の能力が最大限発揮できる機会を提供することで、自由な発想による新たな価値創造に繋がるような経営」を指します。
外国籍人材でいえば、いままで日本人社員だけでは思いもよらなかった発想によってこれまで解決できなかった企業内の問題が解決、あるいはその糸口が見つかるようになる、といったところでしょうか。もちろん外国籍人材が活躍し、彼らが価値創造できるようになるためには、
- 労働環境の整備
- 社員の意識改革
- 透明性の高い人事制度
などが必要不可欠です。しかし、具体的には何をどうすればいいのでしょうか?大橋運輸株式会社の取り組みからヒントを探りましょう。
大橋運輸株式会社の場合
1954年創業の大橋運輸株式会社は、同企業の地元である愛知県瀬戸市の陶器輸送を主要事業とした運送会社です。
1990年代以降、多くの中小企業同様、人手不足や長時間労働が慢性的な問題となりましたが、2010年頃から採用力強化のために社員満足度を上げる経営方針に転換。その他の経営方針の転換と併せて2017年に「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選定され、2020年には100選の中でも特に「中長期的に企業価値を生み出し続ける取り組みであるダイバーシティ2.0を実践する企業」として「100選プライム」に選ばれました。
年度 | 取組内容 |
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2007 | ●社員満足度調査 |
2011 |
●女性の積極採用 ●女性活躍推進の取組 |
2012 |
●高齢者の雇用延長 ●高齢者の新規雇用 ●長年働ける環境整備 |
2014 |
●外国人の現地採用開始 ●LGBTQ社員採用開始 |
2017 |
●書類選考の廃止、代わりに複数回の面接や職場見学の実施 ●ハラスメント相談室の設置 ●外国籍役職者就任 ●新・ダイバーシティ経営企業100選選定 |
2019 |
●残業時間申請の厳格化 ●ジョブローテーションの導入 |
2020 |
●マナー・ハラスメント研修の実施 ●ダイバーシティ推進室の設置 ●100選プライム選定 |
こうしてみてみると、人材確保のために外国人採用以外にも様々な取り組みを行ってきたこと、そして社員の働く環境の整備が一番大事だとしている面がうかがえます。
2007年の時点でまず「今ここにいる社員の満足度を向上させることが先決」として社員満足度調査を行ったことからも、企業の人材に対する愛情がうかがえます。
2010年頃から大手運送会社の下請け業から顧客との直接取引へと事業転換を図ると同時に、採用力強化に向け、福利厚生の充実や社員の能力向上支援、食育等による健康経営といった取り組みを次々と実施。
ダイバーシティ経営の目的が「雇用する人材の属性の多様性を増やす」という企業本位ではなく、あくまで「社員一人一人にとって働きやすく能力を発揮しやすい場所を会社として整えていく」という社員第一の視点が企業の根幹をなしています。これは運輸業として「社員の健康・安全」こそが大事であり、会社の成長においても重要であるという経営トップの強い思いがあるのだそうです。
2014年頃からは地域社会の高齢化を見据え、遺品整理・生前整理・引っ越しサービスといったB to C(Business to Customer)領域へと事業を拡大、一般消費者から受け取った家財は主にアジアへ輸出するビジネスを展開しました。これにより地域社会との繋がり、つまり輸送や整理業務のみならず顧客との丁寧なコミュニケーションが必要とされ、顧客からの信頼を勝ち得るには単なる労働力にはとどまらない「人材」の確保と活躍が不可欠でした。
またアジア諸国に輸出する上でも、輸出先の国の出身者である社員が従事することで現地のニーズを細かく反映した仕入れ活動を可能となるため、外国人の現地採用も始めました。前回の記事でも扱った企業内だけでなく地域社会を含めた多文化共生をすでにこの頃から実践していたんですね。
2020年現在、外国籍人材は8名で全員が社員として活躍しており、そのうちの1人はリーダーとして在籍。2025年までには外国籍リーダーを2名に増やすつもりでキャリアパスの整備・評価制度の見直しなどを続けており、外国籍社員の家族との食事会の開催など就労後のサポートを経営トップ自らが取り組んでいます。社内報を月1で発行、週1で電子マガジンの共有、社内全体へのダイバーシティ経営の意識の浸透にも余念がありません。
これらの外国籍社員を含めまさに多様な人材ひとりひとりへの取り組みが評価され、経済産業省からの表彰に繋がったと思われます。地方の一中小企業のダイバーシティ経営成功例として、また他のダイバーシティ経営を目指す中小企業の良きモデルとして、今後とも末長い活躍を期待します。
「ダイバーシティ2.0」とは
経済産業省により大橋運輸株式会社は「ダイバーシティ2.0を実践する企業」として「100選プライム」に選ばれました。ではこの「ダイバーシティ2.0」とは、いったいなんでしょうか。「ダイバーシティ2.0」の定義は
「多様な属性の違いを活かし、個々の人材の能力を最大限引き出すことにより、付加価値を生み出し続ける企業を目指して、全社的かつ継続的に進めていく経営上の取組」
とされています。2017年3月に作られ、2018年6月に改訂された「行動ガイドライン」によると以下のような3つ視点と7つのアクションが必要とされます。
視点1 | 経営陣の取り組み 経営トップがダイバーシティを経営戦略に組み込むための方針を策定し、その方針を経営陣が主体的に実行できるための経営・ガバナンス(健全な運営を行う上で必要な企業の内部を統治すること)体制を整備。トップがコミットメント(業務や業績目標に「責任を持つ」「約束をする」こと)・リーダーシップ(集団をまとめ、目標に向かって導く機能)を持って実行する。 |
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アクション1 経営戦略への取り組み 経営トップが、ダイバーシティが経営戦略に不可欠であることを明確にして、KPI(重要業績評価指標。つまり目標を数値化して達成度合いを測るための指標のこと)・ロードマップ(目標達成までの道筋)を策定するとともに、自らの責任で取り組みをリードする。 |
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アクション2 推進体制の構築 ダイバーシティの取り組みを全社的・継続的に進めるために、推進体制を構築し、経営トップが実行に責任を持つ。 |
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アクション3 ガバナンスの改革 構成員のジェンダーや国際性の面を含む多様性の確保により取締役会の監督機能を高め、取締役会がダイバーシティ経営の取り組みを適切に監督する。 |
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視点2 | 現場の取り組み 管理職と従業員が職場の取り組みを主体的に推進していく。 |
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アクション4 全体的な環境・ルールの整備 属性にかかわらず活躍できる人事制度の見直し、働き方改革を実行する。 |
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アクション5 管理職の行動・意識改革 従業員の多様性を活かせるマネージャーを育成する。 |
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アクション6 従業員の行動・意識改革 多様なキャリアパス(企業内での目標に対する道筋や計画)を構築し、従業員一人一人が自律的に行動できるよう、キャリアオーナーシップ(自分のキャリアをどうしたいか主体的に考えること)を育成する。 |
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視点3 | 外部コミュニケーション 企業内部のみならず、外部のステークホルダー(利害関係者。この場合資本市場、労働市場などを指す)に対して、ダイバーシティに関する方針や取り組み内容を発信し評価を受ける。 |
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アクション7 労働市場・資本市場への情報発信・対話 一貫した人材戦略を策定・実行し、その内容・成果を効果的に労働市場に発信する。また投資家に対して企業価値向上につながるダイバーシティの方針・取り組みを適切な媒体を通じ積極的に発信し、対話を行う。 |
「定義」や「行動ガイドライン」を見ていくと、企業内の一部分でダイバーシティ経営を行うことではなく、全社的、つまりその企業内のトップから従業員、果ては関連するステークホルダーにいたるまでダイバーシティ経営に向けて改革をしていくこと、さらにその事業が継続的に行われることが「ダイバーシティ2.0」を実践していると言えます。
次回はこの「行動ガイドライン」と対応したスズキハイテック株式会社の取り組みについてみていきましょう。
劇団民藝所属。俳優として活躍する傍らソーシャライズで多文化共生を推進すべく主に動画編集や記事の執筆、インタビューなどを担当。舞台や歌、踊りなど人類がはるか昔から共有していた活動にこそ相互理解の本質があると考え、人の心に触れる術を日々模索している。