前回の記事『ベトナムのご飯の話 ※夜中に読まないでください。』で扱った「陰陽五行説」でも分かる通り、ベトナムの伝統的な食に対する考え方は健康志向そのもので、「肥満」というのは、欧米はもとより日本と比べてもまったく縁のない言葉と思えます。事実WHOが出した成人の肥満率に関する発表でも、ベトナムの肥満率は非常に低いです(『世界・成人の肥満率ランキング(WHO版)』)。
しかし国内の肥満率で見れば、1992年から2015年の20数年間で過体重率は男性3.2%から16%、女性は8.1%から24%と急増、ホーチミン市などの主要都市では小学生の約4割が肥満、あるいは肥満予備軍とされています。
隠れ肥満の理由1:食生活
1986年のドイモイ政策以降、急速かつ目覚ましい経済発展が物質的な豊かさをもたらした一方で、伝統的な生活スタイルや食習慣が大きく損なわれてしまいました。
1997年にベトナムにKFC、ケンタッキー・フライド・チキンが進出して以降、ロッテリア、ピザハットが次々と進出を果たし、そして2014年にはマクドナルドが、ベトナム初の「ドライブスルー」と「24時間営業」を引っ提げて登場。
これらとともに子供の肥満率を上げた原因としては、「太った子供は成功の証」という親の世代の考え方によるものでした。確かにドイモイ政策以前は、子供に食べさせたくても食べさせてやれない貧困状況が続いていたのですから、この考え方は仕方がないのかもしれません。
また大人にとってはファーストフード店の乱立以外にも、アルコールという原因があります。
ベトナムではビールが安価(約50~80円!)で流行っており、アルコール消費のほとんどはビールが占めています。焼酎やワインも非常に安く手に入り、ベトナム独自のお酒も多数ありますが、それらの消費量は毎年増加傾向にあります。2019年時点でベトナムのビール消費量はアジア第3位、世界でも第9位と、人口と比較すると一人当たりの消費量はすさまじいことになります。
栄養が改善されるようになったことで、糖尿病患者も増えました。
増加率は世界第10位に入ると言われ、最近では10歳代の糖尿患者も増えているとのこと。これは加糖牛乳などの糖分を多く含む飲み物の責任が大きいということです。ベトナムコーヒーにしろ、ベトナム独自のお酒にしろ、どれも甘味が強い印象が確かにありますね。
隠れ肥満の理由2:運動不足
ベトナム人の移動手段はバイクが基本です。
広かろうが狭かろうが道路とあれば大体バイクが洪水のように通り、悠長に歩くスペースなどほとんどないため、「お散歩」もなかなかできない状態だったそうです。
健康志向に向けて1:食生活改善
ベトナムの象徴ともいえる市場。ここに流通する作物の多くが、実は中国産や化学肥料を使ったものでした。
近年、街中には安心・安全をうたった作物を販売する店舗が増えているそうです。日本やシンガポールなど先進国の技術で化学肥料を使わない安全な作物が都市部の、例えばスーパーマーケットなどで販売されるようになったのです。多少割高でも、清潔で生産日の記載があるものの方が安心感がありますよね。
またそのスーパーや百貨店では、高麗人参、ツバメの巣など、伝統的に健康に良いとされる健康食品に加えて、スピルリナという藻類を錠剤にした健康食品が大ヒットしたり、他にも日本で見られるようなダイエットサプリ、黒ニンニク、コラーゲンドリンクなど、さまざまなサプリメントも売られるようになりました。
2020年に施行された「アルコール被害防止法」も、この健康志向に一役買っています。
この法律は「ビールや酒類を摂取した場合、飲酒量にかかわらず自動車、バイク、自転車、鉄道の運転すべてが禁止」とされるものです。日本にもおなじみの道路交通法「酒気帯び運転等の禁止」がありますよね。ベトナムの法律ではこれのほかにも18~21時の、いわゆるゴールデンタイムでの酒類の宣伝の禁止や、アルコール度数15%以上の酒類の広告の禁止などが定められているようです。
そのため近年代わりに流行っているのはノンアルコールビール。なんとあのハイネケンが「ハイネケン0.0」という初のノンアルコールビールをベトナムで販売しているのだとか。普通のビールより割高なのですが、フルーティで美味しいらしいので、私も今後機会があれば飲めたらと思います。
健康志向に向けて2:スポーツ大流行
早朝のホアンキエム胡。
周囲1.75キロの小さな湖では、エアロビ、バトミントン、武術、ヨガなど、さまざまな健康法に精を出す集団が現れます。
古き良きディスコミュージックをかけて、中年太りしたおなかを何とか引き締めようと真剣に踊る中年のおばさん・おじさんの方々。彼らの先頭に立ってエアロビを指導している先生は、こうした屋外での指導でもきちんと月謝を払ってもらってやっているのだそうです。
早歩きでただ公園を歩き回る人々もいます。2017年にホーチミン市交通安全委員会は、市民に1日300メートル以上歩くよう呼びかける「徒歩運動」の開始にむけた計画の策定を進め始めました。毎年4月に「徒歩の日」を定め、2020年までを3期に分けてホーチミン市内の区ごとに運動促進を目指していました。
ウーシュウ(武術)と呼ばれるスポーツ太極拳にいそしむ一群も見られます。太極拳には「伝統拳」と「制定拳」の二種類があります。武術・戦闘術として継承されてきた「伝統拳」と健康法・健康体操の一種として伝統拳だけでなく長拳、南拳を採り入れ、一定のルール下で体系化したスポーツ太極拳「制定拳」。日本でもフィットネスクラブなどで教えていただけるのはこの「制定拳」の方ですよね。
見ていてこちらまで面白いのは50~60人の集団がゲラゲラ笑っている様子。これはラフターヨガ(笑うヨガ)といい、1995年にインドの医師マダン・カタリアと、ヨガの熟練者であるその妻マヂュリー・カタリアの夫妻が公園で始めたエクササイズ。
最初は作り笑いから始め、目を合わせている内に気付くと互いに自然な笑いになっていくという、本当に「笑う」エクササイズ。
どうやら「自然な笑い」も「作り笑い」でも体への作用は一緒だそうで、心身ともにエネルギーが満ち、ストレスレベルは大幅に減少、自信が高まり血圧は下がると良いことづくめ。慢性的なうつ病も改善されたの声も。
現在日本を含む110の国で普及しているこのヨガですが、早朝の市の中心にある湖でゲラゲラ笑う集団というのは異様な光景だったらしく、海外のメディアにも取り上げられて一時期話題だったそうです。
公園でのエアロビならそれほどお金はかかりませんが、中流以上の人々は、市内のあちこちにある高級ジムやプールにお金をかけているようです。ベトナム人全体の収入が毎年増加傾向にあり、これにともない高級ジムの数も年々増えています。これは一つに、外はバイクが出す排気ガスが充満しており空気が悪く、外での運動が逆に健康の悪化につながってしまうという考えもあったようです。
ベトナムの健康志向のこれから
前回お伝えした通り、ベトナムの伝統的な料理や食に関する考え方は非常に優れています。
ダイエットの方法としても、「食事量を減らす」ではなくあくまで「食事のバランス」を重視するという、非常に健康的な方法であり、実際ベトナムの芸能人や歌手など食や運動に気を使っている人々の体形は男性・女性共に痩せすぎではない魅力的なものとなっています。
ファーストフードも美味しいですが、ゆたかになればなるほど肥満や糖尿病などの問題は増えてしまいます。どうか伝統的な食文化や生活習慣を大切にしてほしいなと、健康に気を使っている一員としては願うばかりです。ベトナム料理、美味しいですしね。
劇団民藝所属。俳優として活躍する傍らソーシャライズで多文化共生を推進すべく主に動画編集や記事の執筆、インタビューなどを担当。舞台や歌、踊りなど人類がはるか昔から共有していた活動にこそ相互理解の本質があると考え、人の心に触れる術を日々模索している。